わたしたちの命は、卵子と精子が受精した、たった一つの受精卵から始まる。病気やがん治療で卵子や精子がつくれない人は、これまで自分と遺伝的につながった子を持つことはできなかった。
そんな人たちでも数十年後には、自分たちの卵子や精子から子をもうけることができる――。そんな可能性を秘めた技術の研究が近年進んでいる。
さまざまな細胞に変化できるiPS細胞から、卵子や精子をつくる技術だ。
「体外で配偶子(卵子や精子)をつくること」を意味する「In Vitro Gametogenesis」の頭文字をとって「IVG」とも呼ばれる。
体内のさまざまな細胞に変化でき、いくらでも増やせるのがiPS細胞の特徴だ。
卵子や精子をつくれない人でも、皮膚や血液の細胞からiPS細胞をつくり、さらに卵子や精子に変化させる。これを体外受精に使えば、自分と遺伝的なつながりのある子どもをさずかる道が開ける。
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1978年に英国で、世界初の体外受精による出生が報告された。
「試験管ベビー」と世界中で大きなニュースになり、誕生を祝福する声の一方で「自然の摂理に反する」などの反発もみられた。
それから約半世紀。体外受精は日本でも普及した。
2021年のデータによると、日本では新生児の11・6人に1人が、この技術を使って生まれている。
ただ、全ての人が恩恵を受けられるわけではない。
特に、体外受精で子どもをさずかるには、卵子や精子が必要になる。そのため、そもそも卵子・精子がない人は、この選択肢をとることができない。
女性なら早発閉経や卵子がつくられないターナー症候群、男性なら精子がつくられない無精子症などの人、または、放射線や抗がん剤でのがん治療の副作用で卵子や精子をつくる能力を失った人たちだ。
養子縁組などの制度を使うか、そうでなければ、他人から卵子や精子の提供をうけることで、親になることはできる。ただ、いずれも高いハードルがある。
iPSから卵子・精子がつくれれば、そんな人たちにとって希望となるかもしれない。
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「あなたは、子どもを産めません」
関西地方に住む女性(40)は十数年前、生理不順でかかった婦人科医に告げられた。
診断名は「卵巣機能不全(早発閉経)」。若くしてホルモンの分泌が少なくなり、卵巣の機能が止まってしまう病気だ。
いつか結婚して、母親になり、子どもを育てる。
あたり前だと考えていた未来が、難しいことを突きつけられ、涙が止まらなかった。
卵子を凍結保存して将来の体外受精などに使う「卵子凍結」の技術はすでにあった。
しかし、病院では、「本人が望んでいても結婚していないと卵子凍結はできない」と断られた。
更年期障害などの体調不良を和らげ、少しでも妊娠のチャンスを残すために、ホルモン治療で産婦人科への通院を10年以上続けてきた。
残された選択肢は卵子提供
5年ほど前、病気のことも受け入れてくれる今の夫と出会って、結婚した。
子どもがほしいと、ホルモン剤で排卵をうながす不妊治療をさらに3年ほど続けた。しかし、排卵は確認できなかった。
残された選択肢は、提供者(ドナー)から卵子をもらっての体外受精を受けることだった。
日本で卵子提供を受けるルートはごく限られる。
そのうち、第三者からの提供を支援するNPO法人「OD―NET」は当時、ウェブサイトで新規の受け付けを停止中だった。
ほかにも卵子提供を支援するクリニックがあるが、姉妹間での提供が条件になっていたり、自分たちで提供者を見つける必要があったりするなどハードルは高かった。
海外で卵子提供を受けようと考えた。渡航して卵子提供を受けるには数百万円かかる見込みだった。
台湾への渡航のめどがたった2020年春。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が起きた。台湾に渡ることができなくなってしまった。
あきらめきれず、「だめもと」でOD―NETに連絡をとった。すると、新規の受け付けをしているタイミングと重なって、ドナーになってもらえそうな人がいると返事をもらえた。
何度もクリニックに通って説明やカウンセリングを受け、卵子提供を受けるという最終同意の手続きの後には、OD―NETの委員会での倫理審査があった。
それらをクリアして、提供を受けるまでに1年以上の時間がかかった。
ドナーの卵子と、夫の精子でできた受精卵を子宮に移植し、昨年9月に女児を出産した。
「生まれてきてくれて本当にうれしい。私たちは幸運にも娘を授かることができた。けど、途中で断念せざるを得ない夫婦はたくさんいると思います。ドナーさんと、OD―NETには感謝しかありません」
もし「自分の卵子」つくれたら…
もし、自分の皮膚や血液の細胞からiPS細胞をつくり、さらにそこから卵子をつくることができれば、ドナーを探すことなく、夫婦それぞれと遺伝的につながった子どもをもうけることができたかもしれない。
女性は「私との遺伝的なつながりはなくても、生まれてきてくれたこの子は私たち夫婦にとって特別な存在。ほかの多くの親御さんたちと、そこは同じ気持ちだと思う」と話す。
そのうえで、こう続ける。
「私のような早発閉経の患者が『子どもをほしい』と望んでも選択肢はとても限られる。多くの人は、子どもをさずかることをあきらめていると思う。私と似た境遇の人の選択肢が増えるのだとすれば、新しい技術が出てくることにはとても期待をしています」
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そんな未来の不妊治療を実現しようという企業も、すでに始動している。
東京都内にオフィスを構え…